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地方は複業のチャンスで溢れている!新潟パラレルワーク生活

「にいがた暮らし」を検討している方のための情報キュレーションWebマガジン、にいがた暮らしINDEX編集部です!
首都圏でのキャリアを捨てて、新潟で転職する。給与が減ってしまう、自分に合った仕事が見つからないなどさまざまなハードルがある中で、転職を成功させてきた先駆者からその秘訣を学びます。

※記事出典:ニイガタビト(にいがた暮らし)
記事の内容はニイガタビト取材当時の内容です。

民泊運営はパラレルワークがしやすい?四足のわらじを履く男

最初にご紹介するのは、横浜生まれ大阪育ちで上越市でゲストハウスを営む町 凌介さん。

(記事本文はこちらから

早稲田大学の大学院時代に、先輩が上越で雁木町家を借りて住んでおり、そこで寝泊りをしながら研究を行なっていたのが上越との出会いだったそう。その後、会社員として就職し、半年間勤めたのちに旅が転機で退職することに。2018年1月に、雁木町家の間取り図と写真を見て、上越への移住をほぼ即決。若さ溢れるスピード感で移住をされました。

\町さんのパラレルワーク/

民泊ゲストハウス「町の家 MACHI’S HOUSE〜高田雁木の旅人宿〜」を経営。
そのほか

  • 塾講師
  • FMみょうこう『やわやわ、だすけ。』パーソナリティ
  • 司法書士の勉強中

という四足のわらじを履いており、本業という観念がなく、どれもがよい相乗効果を生んでいるのだとか。

町さんは、民泊運営と他の事業とのバランスについてこのように述べます。「民泊は年間を通して計180日以内の営業しか認められていませんが、観桜会やSAKEまつりといった季節観光・イベント集客がメインの高田では現状十分です。4月や8月は忙しいですが、180日到達にはまだ余裕があります。そういう事情もあり、私は民泊とは別にいくつかの仕事をしています。」

塾講師の仕事は、司法書士の勉強にも役立つという相乗効果があると言います。加えて、人に伝える力を磨けること、高校生たちと共に頑張ることで、勉強のモチベーションアップにも良い影響があるとのことです。
ラジオパーソナリティでは、番組の企画をするところから入り、リスナーとのやりとりを通じて地元ニュースや近隣地域の情報やグルメにも詳しくなり、民泊事業とも相乗効果があります。
仕事が楽しくてひとつに絞れないという贅沢な悩みを抱える町さん流の複業生活は、とても楽しそうです。

農ある暮らしと既存のスキルの複業が新しいビジネスを生む

次にご紹介するのは、上越市の中山間地域にIターンをした赤木 美名子さん。
(記事本文はこちらから) 

岡山県出身の赤木さんは、東京の専門学校で服飾について学んだのち、東京の大手アパレルメーカーでパタンナー(デザインをもとに型をおこす仕事)に就きます。2004年にフリーランスとして独立、都内でフリーのパタンナーとして活躍していたところ、夫の「酒造りにチャレンジしたい」という言葉に心を動かされ、2013年に夫婦で酒造りのまち上越市吉川区へ移住しました。

その後、吉川区で一軒家を新築し、すぐにお子さんを授かり、子育てをしながら家族で米作りや味噌の仕込み、漬物作りなどをして過ごしていたそうです。しかし、手に職があるなら農業以外にも現金収入があった方がよいという地域の方のアドバイスをもとに、再びフリーのパタンナーとしての仕事も開始します。
業界経験が長い赤木さんは顧客との信頼関係が築けており、遠隔であっても赤木さんにお願いしたいという顧客がいたそうで、オンラインツールを活かし、遠隔で東京からの仕事を受けることできたそうです。

そんな折、新潟の亀田でつくられている『亀田縞』と出会ったことが赤木さんの転機になります。農作業で得られた経験を活かし、ご自身が使いやすいと思えるオリジナルのもんぺづくりにチャレンジします。そのきっかけになったのは、酒造りをするご主人が、地域の素材を使った商品づくりをしていることに対して刺激を受けたこと、また、『亀田縞』の社長さんがご自身の人生を賭けて織物を復活させた話などに感銘を受けたこと。

里山での丁寧な暮らしや農業、そして今まで仕事で身につけてきたスキルや人脈を掛け合わせ、「自分から動けば何でも作れる」ということを体現している赤木さんのパラレルワークは多くの方のヒントになりそうです。

\赤木さんが営むブランド/

もんぺ製作所
https://monpeseisakusho.com/

二足のわらじで芸能活動を続ける、エンターテイナー

最後にご紹介するのは、三条市出身で加茂市在住の高橋 正芳さん。記事本文は高橋さんご自身が執筆しておりますのでこちらもぜひご覧ください。
(記事本文はこちらから)

三条で生まれ育った高橋さんは、高校卒業後に上京した理由「新潟が不便で田舎臭くてイヤでイヤで仕方なかった」からだと言います。新潟を出たいが最優先で、なんとなく選択した音楽制作・プロダクションの世界。就職後も裏方としてステージを支える側に立っていたそうですが、社長の一言で歌芸人「縁竹縄」としてステージに立つ側に生まれ変わったとのこと。その後、ギター一本で弾き語りする芸風で今も活動を続けています。

30歳を過ぎた頃にプロダクションの役員になりますが、経営は苦境にあり、高橋さんご自身も東京で生活を続けていくのが厳しくなってしまったそうです。そこで、新潟に戻ることを決断、三条テクノスクールで溶接の技術を身につけた後に、家業の溶接会社に就職しました。挫折を経験した後なかなか目標が見出せずにいた中で、転機になったのは友人が「芸人をやってくれないか」と三条市内や県内各地に連れ出してくれたことだったそうです。

その後、平日は家業の溶接工場、休日は芸人活動という二足のわらじに。老人ホームや地元三条の夏祭りの司会や音響、お寺の音楽イベント、また燕三条エフエムMC兼エンジニアなど多彩に活動の幅を広げます。活動を続ける中で次の目標が見つかります。それは、「まちの法律家」である行政書士になるということ。法律問題などで悩んでいる身近な方に寄り添いたいと勉強を始めました。

2017年に見事試験に合格し、現在では加茂市で行政書士事務所を開業。遺言から不動産等の処分までまで様々な相続問題を取り扱いながら、今までの経験を生かし芸人・音楽家・司会者のマネジメント、イベント音響・制作などを行なっています。

\高橋さんのパラレルワーク/

笑顔相続サロンにいがた中央
https://www.entake.net/gyosei/

えんたけ芸能社
https://www.entake.net/category5/

新潟県ではじめよう、あなたらしく働き暮らせるパラレルワーク

今回ご紹介した、町さん、赤木さん、高橋さん。3名とも全く違うキャリア形成の仕方ですが、共通して言えることは「複業をすることにより、人生や、もう一方の仕事にもプラスの影響があること」です。
昔は「ふくぎょう」というと「副(サブ)業」が当たり前で、収入の補填やスキマ時間の活用のために行うイメージが強かったのではないでしょうか。しかしながら、今回ご紹介した「複業(パラレルワーク)」はそれとは異なり、もう一方の事業へのプラスの相互作用があるようなものです。

新潟県内のマーケットは、首都圏と比べると小さいかもしれません。しかし、小さいが故に余白がたくさんあるというのも特徴です。やりたいこと、できることを掛け合わせれば、複数のサービスを立ち上げることもできる、可能性の宝庫と読み替えることもできるでしょう。

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